メアリー・オースチン両親ろうあで誠実に成長?

出典:ブライアンメイの公式サイトにある彼女について(作家のメアリーではありません。フレディ・マーキュリーの遺産の半分を受け継いだ彼のミューズのことです)

https://www.brianmay.com/freddie/dm220100/dm220100.html

両親ともろうあ。父親は壁紙のハンドトリマー、母親は零細企業の内勤。5人家族。
両親は家計を切り盛りすることに苦労し続けた。生きるためにもがいていた。

15歳で、学校教育を修了試験に合格しないまま終了。
初めての職業はレミントンでのトレイニー・セクレタリー。
その後ケンジントンにあるBibaへ。ケンジントンの近くで古着などを売っていたフレディ・マーキュリーとロジャーテイラーに19歳のとき出会う。
「このワイルド・ルッキング・アーティスティック・ミュージシャンに魅了されたのがわかった。彼は自信にあふれ、私はそんな自信を持ったことは一度も無かった」
「本当に恋に落ちるまでに3年かかった」
ワンルーム・アパートを借りたとき、お金がなかったから買えたのはカーテン一組だけ。その部屋につるした。バスルームとキッチンはもう一組のカップルとシェアしなければならなかった」
2年後、他の人と何もシェアしなくていい部屋に引っ越し。
その頃バンドはレコード契約。
ファーストアルバムの写真は全てその部屋で撮られた。

彼女が彼のスター・クオリティに初めて気がついたのはフレディの母校で演奏したとき。
「彼がステージから降りたら女の子たちは全員、友達も彼の周りに集まって来た。彼はととてもビジーで、私は思った。今、彼は私を必要としてない」
歩き去りかけたら彼が走って追って来た。「どこに行くの?」

「彼とバンドにとって色々なことが突然、変わり始めた。始めて感じた、『ここに、スター・イン・ザ・メイキング』」
「彼はもう私を必要としない、と思った。だからといって、泣きそうになったわけでもないし、不安や怒りがあったわけでもない」
「彼の才能がやっと開花し始めたとわかりハッピーだった。でも、彼は私を去らせなかった。その夜、私はこの事象に沿って行かなければならない、一部にならなければならない、と気がついた」
「彼といるととてもsafeを感じた。彼は人格者だった」
「あるクリスマス、彼の両親のところへ行こうとしていたとき、指輪をくれた。そのとき彼はとてもスイートでシャイでいた」

彼らが次の引っ越しをした後、メアリーは6年の関係に何かが起きている、と考え始めた。
「認めたくなくても、気が付いていた。彼と何を話そうと決めたのかさえ分からなかったけど、彼に言った」
「何かが起きてる。私は去る時だと思う」
「でも彼は何も起きてないと言い張った」
それから彼の成功がロケットのようで彼の生活を変えた。
「関係は冷え切った。彼は、私と対立することを避けているように感じた。私が仕事を終えて帰っても彼はいない。彼も遅く帰るようになった」
フレディが国際的なセレブになると、メアリーはいつか別の女性で彼を失う、と思うようになった。
男性とは決して思わなかった。
全て変わったのが、ある日。
彼が「言わなければならない重要なこと、2人の関係を永久に変えてしまうことがある」と言ったとき。
「彼は、バイセクシャルだと思う、と言った」
「私は、ゲイだと思う、と言った」
その後、何も言わずただハグした。
しばらくして彼は打ち明けて安心したのか、「二つの選択肢があった。言うか、言わないか。でも、あなたには自分の人生に権利があると思った」
私は「イエス、あなたが自分の人生に権利があるように」と言った。

メアリーは出て行くときだと決めた。
でもフレディは遠くに行かないで、と言い張った。

「彼がその後、どれくらい異性と関係を持ったのかは知らない」
「以前は、ゲイになって彼を失ったと思っていた。でも、もし、彼が完全なヘテロだったら、別の女性で失っていたと思う。特に、名声を得てから。女性たちは彼がゲイと思っていても彼を追いかけていたから」


記事を部分的に訳しました。
他に、ベッドから動けなくなったフレディ・マーキュリー自ら、薬の供与を拒否した詳細なども書かれています。
「生き様」を知りたい方は、是非、リンクをクリックし読んでいただけたら、と思います。

https://www.brianmay.com/freddie/dm220100/dm220100.html

遺産の分配や、その前後の問題のことも。
日本庭園のある豪邸の詳細も。

 

www.amazon.co.jp

 

www.amazon.com