テイクン・トゥ・ザ・セヴン・シーズ・オブ・ライ あるクィーン・コピーのショート・ストーリー

(オーガル・バトルと英語部分は全てQueenの歌詞)

intoxicate your brain with what I’m sayingーーアンドロゲンもエストロゲンも溢れていたのに社会的理由で自分beastプロゲステロンに閉じ込めた元ミュージカル・prostitute(2語の組み合わせはF.M. インタビュー)達に『捧ぐ』

 

 照明が落ちオーディエンスがおしゃべりをやめた。needing-unheard

 暗闇の中で指を鳴らすと光が戻される。狭いステージには無いピアノの音。
"She keeps her Moet et Chandon"
 一番後ろで未だグラスを手にする男への視線をすぐ手前の女に。
"In her pretty cabinet"
 トルコ土産に貰ったエキゾチックなスパイラル・ブレスレットをした左手首を、女に向かって柔らかく回す。you can be my sugar-lady

 

 ライブハウスが契約した駐車場で軽自動車のエンジンを切る。a misty castle waits for you and you shall be a queen

 全速力でバックドアに向かうto deliver with the speed of light。自動ドアのようにドアが開きオーナーがsmiling dark eyesで迎えた。「いつもハラハラ!」
 流ちょうになった日本語で、オーナーのマリは歩きながら、オーガル・バトルが、砂のついた作業着とTシャツを脱ぐのを手伝った。the white queen walks and the night grows pale


 3番目のバンドの大音響が体を揺さぶる。now the battle is on
 狭い楽屋にいたベースギターが指を止めた。「おう、今夜も家族を縛り付けて来たか。間に合って良かった」
 そのベーシストはリードギターとドラマーと、3人で楽屋を出た。

stay right where you are


 長い3本の指に指輪をねじ込むオーガルの、肉体労働で鍛えられた美しい背中にマリは焦げ茶色の短いフェイクファー・コートをかけ、呪文を歌う。

get your high heeled guitar boots and some groovy clothes

 鏡の前のウォータープルーフ・アイライナーのキャップを外して渡した。
「長い睫毛。ホントにパパにそっくりやね、歌が上手いとこ、顔だちも、体格も」
「体格?ん…微妙。父さんみたいな純粋なアイヌ、あと、何人、残ってるんやろ?」

Oh, oh, people of the earth

Listen to the warning

The prophet he said


 運転中、本能を取り戻すことがinsatiable an appetiteの意味を込めて歌うためのアペタイザー、この楽屋で裸になれば、良き人であることを置き去りにできる。―naked to the eyes―頭の中ではいつだってAt any time anywhere 何かのクィーンの曲が回る。joyful the sound, the word goes around
 立ったまま、ウォータープルーフ・アイブローで鋭く、強く長い眉を描いた。upon my brow the lightest kiss

 肩にかかる長い髪のウィッグを被るとマリが360度チェックする。このウィッグは美容師のドラマーが作った。彼は4人分、全身全霊をかけて手作りした。
 聞こえてくる、今やってるバンドの強烈なドラムに合わせて全身をゆすり、その場で駆け足。

I'm lord of all darkness I'm queen of the night

I've got the power-now do the march of the black queen

 ウエストをリズミカルにねじり、ニジンスキーのつもりで楽屋を歩く。lift your faceというフレディ・マーキュリーの命令に従い胸を張る。
 前かがみの労働が多すぎ!
 古い家の低い台所に178センチの身長で立って毎日食器を洗っているとよけいに背中が曲がる―忘れろ! synchronize your minds and see ―
 声帯を徐々に広げ、高低の波を立たせながら声帯を全開にするとDragons fly like sparrows thru the air2人のギタリストが薄いベニヤ壁の向こうから答える。オーガル・バトルになる。
 両腕をspread your wings、自然に背骨が何処までも反り返る。

 前のバンドが出て行くときに「あの、うちら奏ってるときにお宅の声、聴こえちゃって、お客さんがそっち向くんすよね」と礼儀正しく抗議した。
「悪い、ゴメンなさい」声を抑えて謝った。
 だからといって、Don’t stop me.
 積み上げたスピーカーの陰で嬉しくなった。

here comes the black queen poking in the pile

 8人いたオーディエンスがそのまま残り、最近常連になった4人グループと、初めて見るデートらしい20代の男女が入ってきたのを見たのだ。
 カップルは狭い店の一番後ろにある、小さなテーブルの一つに座ると男がカウンターに注文に行った。女は一息に飲み干すと一人でステージの間際に来た。
 今日のOne goal, one mission, just one solutionはこいつら―he'll eat your heart out


"‘Let them eat cake’ she says"
 女の瞳がうっとりと輝くのを確かめて、
"Just like Marie Antoinette"
 3個の、ひすい色の太い指輪をした右手に左手のひらを合わせる。
 ギターが忍び込む。
 黒いネイルは左の指先だけ(Black on, black on every finger nail and toe)。素のままの右指とのコントラストを強調。
"A built-in remedy"
 女から男に視線を移しながら、逆向きに立てたマイクスタンドに添えた右手の平を上に滑らせる。
"For Khrushchev and Kennedy"
 男に火が付いたのを確かめて、少しのけぞる。ロバート・プラントの背骨カーブとの違いに気を付けること
"At any time an invitation"
"You can’t decline"
 他のオーディエンス一人一人の目をwith a laser beamし左人差し指を柔らかく振る。
 しなやかにマイクスタンドを半回転させ、用済みのカップルに背を向けジョルジュ・ドンの歩き方でドラムに寄った。
"Wanna try?"
 前のバンドの客に人差し指で、おいでおいで。

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 10センチ上げ底ブーツを履いたベーシストの肩に肘をつく真似をして、ホントについてはならない、目の肥えた一人の客にアピールした。腕を広げた後、フェイクファー・コートのはだけた隙間が3センチから5センチになるようバレエの挨拶のような動きで調整。
"To absolutely drive you wild, wild…"


「オニョアリケェスト、」オーガルは先週も居た男を視線で射た。ベースが空気を刻む。常連が叫ぶ。Yes you made me live again!
「Now I’m here!」


「今日もシャープ、パワフル、柔らかくてセクシーやったぁ!」マリが、オーガルに教えたクイーンズ・イングリッシュで口ずさむ。「Come to the オーガル site! Come to the オーガル・バトル・fight」楽屋のドアを閉めて直ぐに、フェイクファー・コートを締める太いブラックリボンを取るのを手伝った。
 汗が噴き出し続ける。
「お客さん、よくね、5枚目以降の曲もやって欲しいって、よく言うんよ」
「車の中では色々歌うけど、Body language! Let me, enter, tain you! でも、あの動きはコピーできん。QueenがKingになったみたいやん」
「そうやね。4枚目が出た後、フレディ・マーキュリーのウエストから背中のライン、ヒップから腿、変化がいきなり?って思うくらい違うもんね。オーガルの体も変化するんかな」
「目が一つ、でかい手に!」
白いブーツと白いサテンもどきパンツを脱ぐ。
「いつもコスチュームの洗濯、ありがと」ウィッグを外しながら優しい瞳でマリを見た。
「家に持って帰ったら、二度と出演できなくなるやん。クリーニング店に寄る時間があれば、その分、もう1曲してほしい。オーガル・バトルが出るようになって2ヶ月、お客さんが増えてるし。経営者としてはありがたいわ。土曜のもっと遅い時間とか、金曜とかも出て欲しいくらい」
 マリは大きな蒸しタオルでオーガルの短髪と顔を覆った。「ウォータープルーフのメイクでもこれだけ汗かくと蒸しタオルでオフできるね。ほら、作業着に戻って」

 

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Freddie Mercury in Feltham circa 1964-1970 The Telegraph, images courtesy of Shekhar Bhatia

 軽自動車のエンジンを回す。家に着くまでの一時間で切り替えをしなければならない。
 有料道路に入り、もう一度全身から声を出す。

don't you hear me calling you

 父さんと山道を歩きながら思いっきり歌った。原点、in the lap of the gods。
 母さんが若い頃、憧れの北海道に旅行に行って、パパに会い、そのまま居ついたらしい。

Quicken to the new life


 でも母さんが妹を産んだ後、肺炎になって父さんと一緒にはるばる、母さんの実家に戻った。あの、山に囲まれた小さな村。

I ユーストゥ lie in wait with open eyes


 一番近い、15キロ離れた高校に通学することになりマリに会った。交換留学生だった。
 郡がイギリスの田舎町と姉妹都市提携をした。都市じゃないけど。
 交換留学をするって聞いたとき、物凄く行きたかった。
 中一から夢中になってるクィーンの母国!
 でも、諸費用を出すゆとりはウチには無かった。
 せめて、受け入れをしたい、と申し込んだ。
 ウチ以外にも希望した家庭はたくさんあったが、マリが選んだ決定打は『家族それぞれの趣味の欄』だったと言った。そこに書いたのは『Queen is Love of my life』
 マリはクィーンを通じて日本に行きたいと思ったらしい。

「14歳の時にテレビで見た、75年のロンドンライブが衝撃だった。ワタシたち3歳のときね。フレディが羽織るガウンが日本の民族衣装だとは知らなかったんだけど、脱ぎ方が目に焼き付いた。裸足だったし。半年後、別の番組で初来日の様子を観て、あー、この民族衣装、って知ったの。そこに映ってた女性たちは挑発的とは正反対だったけどね。ギャップの大きさはguaranteed to blow 14歳ズmind」

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 高校は、親が車で送り迎えをすることを条件にOKしてくれた。
 4週間はチャリンコから解放!

Flee for your life!


 ホームステイとは言え、マリは簡単な日本語しかできなかった。自分も英語はラジオで聴くか、それらしく歌うだけだった。
 中学生のときから、ラジオを録音してテープが擦り切れそうなくらい、繰り返しクィーンを聴いた。
 RadioはGa Gaじゃなかった頃。
 マリは4週間でクィーンの曲を正確に歌えるようにしてくれた。
「vはね、こう。bはね、こう。fとhuはね、こう。l とr は難しい? thはどう? uとa、教科書のアメリカ英語とはだいぶ違うんだよ」下唇を指さしながら説明した。
「できん!フレディ・マーキュリー、めちゃくちゃ早口!イギリス人って皆、こんなに早くしゃべる?」

「単語一つ一つに、フレディーはカラリングしてるからどの子音も、母音も、手抜きはダメ」
「こんな大量の歌詞、アメリカの曲じゃ知らん。間違えんで歌える?」
「韻が多いやろ、単語の頭、最後」
ロードオブザリングトールキンナルニアのルイス、チョーサーとかシェークスピアの国やぁ。Fairy Feller's Master-Strokeの、オベロンとティターニア、真夏の夜の夢、英語でなんて言う?」

「ア ミッドサマー ナイツ ドリーム」

 


 高校卒業後、村から30キロのところに新しくできた工場に就職した。

 5年後、マリのクリスマスカードに「県立高校の英語アシスタント・ティーチャーとして採用が決まったからまた行ける」と書いてあった。

 同じ県内だからいつでも会える、と思っているうちに時は流れた。
 久しぶりに電話が来た。
 彼女は毎週末、通ったライブハウスが経営難で閉店すると知り、受け継ぐ決心をしたという。
 物好きな!だから気が合うんだろう。
 1時間運転してそのライブハウスを見に行った。
「歌ってよ。出演してよ、クィーンのコピーバンド。ギャラは少ないけど」
「ギャラその10倍でも、無ー理ー!」
「ギタリストもベーシストもドラマーもピッタリなメンバー、いるから!」
「作業着と部屋着しか無い」
「大阪行ったとき、古着屋巡りしたんよー。ロンドンの友達にも頼むし。I'll get your high heeled guitar boots and some groovy clothes」
 ああ、なんてありがたい。でも「不登校の息子のこと、ほっとけん」

Don’t listen to what Mama says
Not a word, not a word Mama says
「電話でも、声、暗かったね。表情が昔と違う。でもさ、今でも歌うの好きでしょ。ヨシキちゃんには明るい家庭になっていいんじゃない?高校のとき、毎日、天井に穴が開きそうなくらい歌ってた。生き生きしてた。 I tell you just be satisfied stay right where you are. Keep yourself alive!」
「あのボロ屋の屋根を壊すつもりだった!」ため息が出る。「そんなときもあった。純粋に、楽しかった」
「歌手になると思った。オーディション受けんかったん?」
「日本語の歌には全然、興味が持てんかった。今も。子供には童謡、歌ったけど」
We were just seventeen
 マリが音程ハズレで替え歌を口ずさみ始めた。Shee 息が続かない!
 瞬間を引き継いでとらえた。eeeeeeeeeeeeeeeer heart attack!
 マリが笑う。「いい顔になった!you mean it, you mean it!」

I feel like dancing- in a rain,
All I need is a volunteer-

 

 田園風景が闇に溶ける中、車を車庫に入れた。その音を聞いてか、玄関が開いた。胸騒ぎがする。
「どこに行ってたんだ」
 夫がStone Cold、でもCrazyではない顔で出てきた。「どこに行ってるんだ、毎週。お義母さんの看病に行ってたんじゃなかったのか」
Dislocate your spine
 喉に塊が詰まった。

Headlong


「お義母さんから電話があった」
The beast within him、じゃない、私の中に rise
ああ、金曜は連絡しないで、ってあれだけ頼んどいたのに。Mama, ooo,
「お義母さんに、毎週末、行ってるんですよね、って確かめた。お義母さん、言い繕おうとしてたみたいだけど動揺してるのがよくわかった。どういうことなんだ」

Mama I’m gonna serve you till your dying day
 私は親孝行娘のはず。
All day long
 尽くす美徳。
Liar!
 ウソつき!
Everything I do is sin
 私がやることなすこと全部、罪。

 Stone cold がコモン・センスのお手本のように続ける。「あんたどこかおかしいと思ってた、ずっと。こんなんだからヨシキは不登校になったんだ」

Is your conscience all right
Does it plague you at night

 ヨシキのことを考えると音楽は消え去る。愛する者を深く心配すると音楽は消える。消すのではない。小さい頃からひどく敏感で傷付きやすかった。夫も。

 音楽を消した瞬間がフラッシュバックする。Flick of the wrist
 一人でいるときにライブをかけ、ボリュームを上げて掃除をしていた。We will rock youで掃除機を振り回していたら玄関の鍵を回す音に気がついた。夫が帰って来た。玄関から真っすぐにリモコンに行き音量を下げてから、「音、下げるよ。耳が悪いの?」と言った。私は「切る」と言いながら、心のどこかで「切らなくていいよ」と返してくれる淡い期待を捨てきれずにいた。
 繊細な三歳の息子のこともあって、2人に心を込めて寄り添おうと決心した。
It’s a rip-off

 この人と結婚すれば二十歳までに工場の本社がある東京に行ける、と思ってアタックした。力が湧き上がる。20センチくらい身長差あるけど、関係ない。東京はIn the land where horses with eagle wings。
 初めてのデートで、この人は中島みゆきを饒舌に語った。私の趣味は聞かなかった。合わない、と思ったけど、東京に行きたかった。東京じゃなくても、クィーンが公演する大都市なら、どこでもいい!
 だから興味を持てない話を、わざと、目を広げ、ときどきまばたきをして如何にも興味を持ったような振りをして聴いた。
 何年も経て知った。Live Magicの後、彼らはもう、ツアーはやらないと。都会にいるファンはとっくに知っていたのかもしれない。
 都会へ出ることができないまま、本社は、工場をヴェトナムに移転すると発表した。
 本社や他の国内工場に移ることができたのは技術職の社員だけだった。
Work my fingers to my bones
I scream with pain
 夫婦2人で零細建設会社に就職した。新しくドーム球場ができるという街まで1時間で行ける。私は事務に向かない。短時間でお金になるから現場に出ることにした。労働法なんて知らなかった。


「どういうことかって、ごめんなさい」息子のために謝った。「歌を歌いたくて」
A dig in the ribs and then a kick in the head
「誰とカラオケに行ってたんだ?」

He’s taken an arm and taken a leg
「浮気は絶対にしてない」
 Stone coldは鼻で息を吐いた。
 そう、it’s so easy、ステージで全身を突き動かしていたのは不道徳。Everybody plays the game, of love―誰にも触れず、そこにいる一人残らず、絞め殺そうと抱きしめていた。

「通用すると思うのか」

Too late, my time has come
Sends shivers down my spine―
 震えが背骨に沿って下り落ちる
「でも、あなたは、」
I’ve got to go―思い切って言い返すことにした。「言いたいことがあるでしょう?」
 夫が息を止めたのが分かる。
「私が気が付いてないと思った?」
Just gotta get out―
 町内運動会の打ち上げで、顔見知り程度だった二人が中島みゆきの『夜会』に行ったことがあると知り、夫と3人で盛り上がっていた。初めて見る、心底、楽しそうな顔。2人のうち、一人は女性でとても明るい。A brand new angel

 あんなに朗らかな夫は、知らない。

シーズ tearing アスapart
 この人も我慢している。お互い、自分の楽しみは相手の苦痛。
 疎外感で苦しくなった。いたたまれない。夫の両親に預けたヨシキが気になることを言い訳に、先に帰ることにした。「私、飲んでないから、後で迎えに来ようか?」
「いや、タクシーで帰るから大丈夫」
 真面目な夫が夜、帰って来たとき1時を過ぎていた。その後、やけに遠い現場に行くようになりウチにいる時間は減っていった。

I wantッド ミー to be a woman

 

「日本でも離婚の慰謝料と養育費は別やろ?」
 母子家庭になったからもう出演できない、とマリに電話した。
「うん、でもお金の問題より、ヨシキと過ごす時間が惜しくて。自分の意思で、アタシを親権者に選んでくれた。12歳、これからもっと難しくなる」

her little baby boy has just left home today
she washed and fed and clothed and cared
for nearly 20 years
and all she gets is Goodbye Ma
and the night times for her tears

「わかった。バンドの3人が他にできること、聞く」
電話を切った後、後ろの襖が開いた。ヒョロヒョロした息子がノートパソコンを持って立っている。
「どした?」
「母さん、離婚する前に言えばよかったのか、今でも分からないんだ」
「何を?」
 ヨシキは父親の影響か、親とは標準語で話す。
「これ、母さんだよね?」ヨシキが画面を開いて操作すると、白鳥のような衣装を着た自分がマイクスタンドを回転させながらBring Back That Leroy Brownを歌い上体をひねっている。
 思わず大きく息を吸い込んだ。
「どうして」
「こっちこそ、どうして、だよ。さっきの電話の人、このライブハウスの人?」
「うん、こんな母さんでゴメン。本当に、ごめんなさい。我が子に見られて、恥ずかしくなるよ。でも、もう、二度とせん。何の心配もしなくていいんだよ」息子の目に映る何かを覗き込んだ。
 見えない。分からない。
「で、この動画、」今はこういう時代、逃げ場はない。I cannot run I cannot hide
 理解していなければならなかった。「どうやって手に入れたん?」
「この次の次の週、26歳の女の人、ちょっとぽっちゃりして長い髪の、気が付かなかった?」
 ああ、あのときのOne goal。「気が付いてた。お客さんは14人だった。笑えるくらい少ないやろ?」
「その人、不登校クラスの副担任」
 血の気が失せる。
 息子がお世話になっている先生に、なんてことを。
「好きな音楽の話しててさ。教室で。先生の妹さんがこれを撮ったんだって。で、その先生、僕と似てるって、見せてくれた。この男の人、親戚?って聞かれた。母さんだとは言わなかった、ていうか、言えない」
「それは、ああ、よかった」
覚えている。大学生のような女の子がカメラを向けていた。

 画面の中の自分がSeaside Rendezvousに合わせ、カメラを真っすぐに見つめている。唇に人差し指を当てながら、ルドルフ・ヌレエフになったつもりのフレディ・マーキュリーのつもりでいる自分が歩いて来る。その指がカメラに近づき、画面から外れた。
 あのとき、彼女の唇の1センチ手前まで近づけた。
I touch your lips with mine―曲はIn The Lap Of The Gods で、違うけど。
終わった後、彼女がバックドアから離れず、家に帰るのが遅くなった。ドラマーに頼んで気をそらしてもらわなかったら、いつまでいるつもりだったのか。

「恥ずかしくて引きこもりたい」
「やっと、引きこもる気持ちが分かってくれるんだ」
 は?
これまでも、何でも、必死に、子供を理解しようとしてきたつもり。
「なんかさ、母さん、」ヨシキは息を大きく吸い込んで止まった。
「何?」
 心臓が破裂しそう。
Save me.
 ジョン・ディーコンのベースギターがこの心臓を叩くことで救いにやって来た。Another one bites the dust
「これ、拡散してると思うよ。今頃」
「まさか」
 見たい人が多ければ客はもっといたはず。
 でも、もし、他にも流れていたら?「どうしよう?」恥ずかしさと、マリの営業問題が渦を巻く。
「いいと思う」
「は?」
「なんていうか、今まで、母さんずっとムッとしてて鬼みたいな顔してた。オーガルって鬼なんだね。なんか、関係あるの?」
 深く息を吸い込んだ。「無意識に、意識してたのかも」
 いい人、いい母親、いい妻を続けていくことはバトルだったのかもしれない。
 ダメ人間だ。
 深く息が出る。
「アイム、プラウドオブ、ユウっていうか」視線を横に外してボソッと呟いた。
 え?
 ロジャー・テイラーの短いドラムソロが頭の中で爆裂する。
 叫びたい!
 うぉ~えぇ~お!
 アパートの上の住人がドスンと床で抗議した。
「動画もっと増やしてさ、」ヨシキは何事も無かったかのように続けた。「僕がネットに上げてあげる。編集、していい?」
「もっと増やす?編集?」
「母さんの動画に合わせてイラストを描くんだ。立体的になるよう、3D関数軸を使う。X軸、Y軸、Z軸を数字で特定する。小数点以下5桁くらいまでやれば、滑らかで自然になるはず。で、母さんの声に、僕が作るコーラスを添える。声っていうか、正確には、音だけど。コンピュータで合成した音で作る声。それをもとにこのオーガル・バトルって名前でヴォーカロイドのキャラクター、作っていい?」
 ナニ言ってんだか分からない!けど、ヨシキがこんなに前向きになるんなら、なんでも「life goes on!」

ヤマハが最近出したヴォーカロイド2っていうのが、ちょっと、好きなんだ」
 この世代のチョット、はMaster-Stroke。「お年玉、3年分、費やしたやつやね」

「僕、どんだけやっても飽きない。著作権とか、問題になりそうだから僕が今から勉強する」

 

 その博多のライブハウスは毎週末、人で埋まった。
 ヨシキは作った2Dオーガル・バトルを、ホログラム風に3Dでステージに再現する装置をマリのハウスに設営した。

 副担と一緒にライブにいた彼は九大工学の博士課程で、ヨシキの力になってくれた。


 中学生が土曜の部活帰りに寄ることができる時間帯で実現させた『3Dヴォーカロイド・オーガル・バトル』は大盛況となり、地元テレビ局がセカンド・ライブを提案してきた。

The Show must go on

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